★キューバ映画祭 in サッポロ 2009★ キューバの映画や本や…

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モンド☆キューバ

今回の映画祭の言いだしっぺの一人なのに、キューバには一度も行ったことがない。しかも、ビンボーなので、いつ行けるか、見通しもない。だから、あんまり煽らないでよ、行きたくなっちゃう、と文句の一つでも言いたくなるのがこの本、『モンド☆キューバ』。

モンド

 この写真集には、キューバの街中にあるいろとりどりの壁画の写真がたくさんたくさん収められている。築数百年の古い建物の壁や塀、場所によっては電信柱やゴミ箱まで、いたるところ、あらゆるところが、アートで充たされているという感じ。この風景の中に身をおいて、コッペリアの苺アイスを食べながら、街をぶらつきたい。そんなキモチにさせる写真集だ。

 絵の書き手は、まったく無名のアーティストという場合もあるし、町の一角が一人の有名アーティストが描いた絵で埋め尽くされているような地域もあるらしい。日本は壁に絵(=落書き)なんて描こうものなら、ヘタをすると捕まっちゃうけれど、のっぺりと顔のない町並みの中で暮らすよりも、住んでいる人たちの息遣いが聞こえるような風景の中で暮らしてみたい。いいなあ。

 私たちは、今回映画祭の会場でキューバの映画のポスター展示をするのだけれど、この本には、キューバのポスター博物館のことも紹介されていて、そこには、キューバのアーティスト達が描いた国内外の映画のポスターもたくさん展示されている。ここにも行きたいなあ。

 他にもいろいろ紹介したいことはあるけれど、この本の愉しさ、カラフルさは、私のつたないコトバでは伝えられません。映画祭の会場で販売するので、ぜひ手に取ってみて。そして買って。

ところで「モンド」って何? だれか知ってたら教えて。
(都築仁美)

『モンド☆キューバ』
著者:高橋慎一(写真)、yasuo-angel(文)
2009年1月31日発行
東京キララ社発行
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急場(キューバ)しのぎにアートなお話??

例えば今の日本のアートシーンを一言で語ることって非常に難しい。絵画部門ひとつとっても、あまりにも多種多様。伝統的な日本画を継承するものから現代美術まで自由かつ様々な表現があるからだ。

 そして今回のテーマである『キューバのアート』にも同じことが言えるだろう。キューバ国民の教育はご存知のように国が保証(無料)し、しかも高水準。詳しいことは別として芸術においても相当力を入れていると聞いたことがある。世界をリードする音楽で我等を魅了するキューバ!だからこそ絵画・造形・工芸等の分野においてもそのレベルは計り知れない、と私は思うのです。

 キューバの首都ハバナ。スペインの支配下時代に建設されたコロニアル様式を色濃く残す旧市街など、それ自体がアートであると世界遺産として認められている。ハバナ市内を散策していると街角などで抽象的なウォール・ペインティング(壁画)に遭遇する。私の想像するところ公共の場でもある壁面を飾るわけだから政府公認の名の有るアーティスト達が描いていると思われる(USAのグラフィティ(落書き)・アートとは異なる)。このような抽象画こそが最もキューバらしい絵画表現ではないかと私は思うのです。それはキューバ音楽同様、アフリカ的プリミティヴとヨーロッパ的アカデミズムの「融合」だと断言しても良いだろう。キューバの風土を讃えたカラフルな色のハーモニー、宇宙的あるいは人間の生命感を主張しているかのようなフォルムの流れなどは「ルンバ」のリズムそのものではないだろうか。

 ハバナ市には美術館、博物館等も充実しているが、身近なアートに接するなら青空マーケットがお薦めだ。衣類やアクセサリー、素朴な工芸品、ポップなオブジェ等観ているだけでも楽しくなる! キューバの風景やポートレートを描いた絵画もいろいろ売られていて、しかも安い!

 何処からともなく聴こえてくる生のキューバ音楽(SONやRUMBAやSALSA)に触れ、強烈な光に輝くビビットな色に瞳を細め、カリブの風が運んでくる甘い香りにうっとりする。五感を研ぎ澄ましながらキューバの街をノリノリで歩いてみよう! 今でも現役で走る1940年代~50年代のアメ車の数々、超お洒落でスタイル抜群な女性達、椰子ノ木の実や葉を伐採する職人や野良猫でさえ「絵」になるから摩訶不思議。そんなこんな「アート」なモチーフには事欠かないのがキューバだと私は思います。

Y・ロドリゲス/職業・イラストレーター(Y.Rodriguez=アーティスト名)

ロド切絵
椰子の木職人 Y.Rodriguez ©


*この文章は、さっぽろ自由学校「遊」のニュースレター「ゆうひろば」2009年1月号に掲載されたものです。

【ビッグイシュー】ゲバラにインタビュー

ホームレスだけが販売することのできる雑誌『ビッグイシュー』の最新号に、1月10日から公開される「チェ 28歳の革命」「チェ 39歳 別れの手紙」に、ゲバラ役として主演したベニチオ・デル・トロのインタビューが掲載されています。
 デル・トロのゲバラへの思いや、彼が役作りのためにどんなことをしたのか、などわかりますよ。ぜひぜひお買い求めください。

 ビッグイシューでインタビューを読んだあとは、チェの2部作をみて、そしてキューバ映画祭にどっぷり漬かってください。ゲバラやカストロの理想や革命の背景はもちろん、革命後の社会の変化や人々の暮らしぶりなど、キューバのいろいろな面を知りたい、感じたいなら、チェ2作だけではたりません。
1月&2月はキューバづくしで過ごしましょう! 札幌の人は運がいい!! (都築仁美)

ゲバラ


☆ビッグイシューを買いたい人は、以下のところへ。
①地下鉄大通駅地下ブース(オーロラタウンと平行に走っている通路内。元気ショップの向かい、北陸銀行のATMのとなり)。平日7:30~20:00/土日祝10:30~20:00

地図

②JR札幌駅西口・高架下 (紀伊国屋の斜め向かいあたり)
③地下鉄琴似駅直結ダイエーの前です
→①の地下ブースは、②③の販売者が交代で担当します。
 地下ブース担当中は、②③は不在となります。

☆ビッグイシューは300円です。
300円のうち、160円が販売者の収入になります。
ビッグイシューは、ホームレスの仕事をつくり、自立を応援する雑誌です。

【ビッグイシューさっぽろ】
http://bisapporo.web.fc2.com/

読書のススメ

岩波書店が発行している『読書のすすめ』第10集(2005年5月)に、池澤夏樹の「いちばん恐ろしい本」という小文が載っている。彼がいちばん恐ろしいとしているのは、岩波文庫の『コロンブス航海誌』と『インディアスの破壊についての簡潔な報告』である。

  『コロンブス航海誌』の方は、読んでいるかどうかは別として、子どもたちも知っている有名な冒険の記録で、西回りでインド(インディアス)に向かうために1942年8月にヨーロッパから旅立ったコロンブスが、カリブ海の島々に達し、1943年3月に帰着するまでのものだ。彼は10月11日にバハマ諸島の一島を「発見」し、10月27日にキューバ島も「発見」した。
 航海誌には、彼が見た他の島々と同じようにキューバ島の美しさが記されている。川辺の緑滴る樹木、やさしくさえずり、飛び交う小鳥たち、さまざまな種類の花や果物。椰子の葉で葺いた屋根を持つ小さな家屋の中には、同じく椰子の葉でつくった網や、骨でこしらえた銛などの漁具があり、つつましいけれど、落ち着いた暮らしの様子が伺える。現地で出会う人間たちについても、その姿かたちの美しさと、温順で正直な性質、賢さについて、何度も繰り返し述べられている。
 しかし、「発見」した島々で見聞きするものへの驚嘆と賛美の背後に、彼の貪欲と優越が見え隠れする。インディアスから得ようとしている金や香辛料などの富、人々のキリスト教への教化である。
 読んでいて面白いなと思ったことの一つは、マルコ・ポーロの『東方見聞録』を読んでいただろう彼が、現地住民のことばから、キューバ島を、「ジパング(=日本)」であると思い込んでいたことである。ここで、私たちが住んでいる日本と、キューバがおそらく初めて交錯する。
 
 もう一つの本『インディアスの破壊についての簡潔な報告』は、コロンブスの航海からちょうど50年後、キリスト教の聖職者ラス・カサスによって記されたものだ。この人は、先の『コロンブス航海誌』をまとめた人でもある。
  『インディアス~』には、コロンブス以後、スペインからやってきた植民者たちが、どんな極悪非道をこの地で繰り返してきたかということが、しつこいほどに語られている。
 たとえば、身重の女や産後間もない女をことごとく捕らえ、腹を引き裂きずたずたにした。一太刀で身体を真っ二つに斬ったり、一撃のもとに首を切り落とせるか、内臓を破裂させられるかを競い合った。母親から奪った乳飲み子の足をつかんで岩に頭を叩きつけた。絞首台につるし上げた人たちの下に薪を置き、生きながら火あぶりにした。などなどである。例をあげればきりがない。

 そして、コロンブスがやってきてから、100年ほど後には、キューバ島をはじめ、カリブのいくつかの島から、先住民族はいなくなった。虐殺されたり、過酷な労働に駆り出されたり、ヨーロッパから持ち込まれた病原菌に侵された結果である。その後、ここには労働力としてアフリカからたくさんの奴隷たちがやってきた。

 改めて、この歴史に触れていたら、『アイヌ神謡集』(これも岩波文庫)の序文を思い出した。19歳でこの世を去ったアイヌの少女・知里幸恵が記したものだ。はじめて読んだとき、この文章の美しさに圧倒されたのだけれど、さわりの部分を紹介したい。

 その昔この広い北海道は、私たち先祖の自由の天地でありました。天真爛漫な稚児の様に、美しい大自然に抱擁されてのんびりと楽しく生活していた彼等は、真に自然の寵児、なんという幸福な人たちであったでしょう。  冬の陸には林野をおおう深雪を蹴って、天地を凍らす寒気を物ともせず山又山をふみ越えて熊を狩り、夏の海には涼風泳ぐみどりの波、白い鴎の歌を友に木の葉の様な小船を浮かべてひねもす魚を漁り、花咲く春は軟らかな陽の光を浴びて、永久に囀る小鳥と共に歌い暮らして蕗とり蓬摘み、紅葉の秋は野分に穂揃うすすきをわけて、宵まで鮭とる篝も消え、谷間に友呼ぶ鹿の音を外に、円かな月に夢を結ぶ。嗚呼なんという楽しい生活でしょう。(後略)

 このあとの文章で彼女は、幸福と平穏が奪われたことをつづっていくのだけれど、気候や肌の色は違っても、ここに記されているみずみずしい美しさは、コロンブスが記しているものと重なるし、そのあと起こったことは、ラス・カサスの記述と重なっている。

 映画祭で上映する映画には、日本のほとんどの映画がそうであるように、先住民族のことは描かれていない(たぶん)。コロンブスが書き記した素朴で美しい人々の姿やその慎ましい暮らしぶりを見ることはできない。だから、映画をみるにはこんなことは知らなくってもいいのかもしれない。
 だけど、お互いのなんらかの共通点を探ったり、歴史を遡ることで、新しい意味が一つ一つの映画にも、この映画祭にも、生まれてくるかもしれない。
 もっと深く知り合い、今を考える端緒になるかもしれない。(都築仁美)

小説「いやし難い記憶」/映画「低開発の記憶」の原作

 エドムンド・デス・デスノエス 作 、小田 実訳、  映画「低開発の記憶」の原作

 キューバがアメリカに支配されていた時に、贅沢にくらしていた知識人のエディーが、妻や友人や両親がアメリカに出国していくのを見送りながら、自分は「革命」の様をこの目に見ようと居残ったところから始まります。
 題名の「低開発」ってなんだろうと思いましたが、はじめは、自分ではない他の「下層な人々」を「低開発な人々」と呼んで、距離を置いて眺めているような主人公でした。
 何人もの女性の名前が出てきて、途中で、この人は誰だったかなと分からなくなるくらいのですが、女性に対して、自立した考えのない人で、さらに自立的でない女性たちに振り回されるダメな人物に見えました。
 彼は革命を支持しているわけではないのに、「反革命」とも呼ばれないし、自分の持ち家を政府に借り上げられて政府から家賃収入を得て生活しているのです。
 このような「知識階級」の人って、戦後の日本にもいたのでしょうか。小田実さんは、映画を見て、自分に重ねあわせて、身につまされるような感じを受けたようです。
 最後の方ので、1962年の「キューバ危機」の緊迫した状況になっていきます。米ソの対立が頂点に達して、あわや核戦争が起きるのか・・・その最中のキューバから見たの緊迫感が伝わってきます。
 
 映画「低開発の記憶」では、当時の実際の映像が出てくるようです。どんな風に映画化されたのか、観るのが楽しみです。 by Jellyfish
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